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解決済みの質問

歴史上の人物でイケメンと言えば誰?

歴史上の人物でイケメンと言えば誰?
日本史世界史問いません。
歴史上ハンサム、美男子、二枚目、男前・・・とされているのは誰ですか?
(ペリクレスが美男だったそうですけど、塩野七生さんの著書では、頭の形が悪かったとか・・・)

ちなみに美女でも構いません(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 13:53:39

QNo.2026148

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

 
 【 男前 】

○ チェーザレ・ボルジア
http://home9.highway.ne.jp/nicolo/m-2/link9-about-c-b/about-c-b.html
この絵をみる限りでは けっこう根暗で 陰険そうな男に見えるのですが ..
(実際, そうかな ?^^;)

○ ジュリアーノ・デ・メディチ
http://home9.highway.ne.jp/nicolo/link9-juriano/juriano.html
この絵をみる限りでは ちょっと?  悪くはありませんけれどね。 ^^;
あの シモネッタの恋人だったそうですね。

○ フランツ・リスト
http://kyck.hp.infoseek.co.jp/liszt/fliszt.htm
言わずと知れた, 作曲家にして 「ピアノの魔術師」 。
いい男ですねー♪  コンサートには 貴婦人方が 殺到したそうです。 ^^

 【 美女 】

○ 「褒似(ほうじ)」 ~ “笑わぬ 美女”。
  「夏姫(かき)」 「西施(せいし)」 「妹喜(ばっき」
  「妲己(だっき)」
いずれも 古代中国の 伝説的な 傾国たちですね。
本当は どんなお顔だったのか 拝見したいものです。 ^^;

既出の 「ネフェルティティ」 は 本当に美しいと思います!
まさに “遠くから来た 美しい人” ですね。 ^^

あとは、
○ ジェーン・グレイ
○ べアトリーチェ・チェンチ
悲劇が 彩りを添えた 美女。

● エリザベート・バートリ
... あまり 挙げたくなかった人ですけれど 。。★

投稿日時 - 2006-03-14 23:58:55

お礼

【チェーザレ・ボルジア、信長を連想しませんか?】
【私はずっとそう思ってきたのですけど、同感していただけません??】

リストは女性たちが失神したそうですね。
当時は女性の失神が流行(イギリスでもどこでも)していたとか。
気絶ソファー(カウチ)が発明されたり、
階段で降りる時、男性が下を歩き、登る時は女性が上を歩いて
気絶した時に男の人が女性を支えたり、自分が下敷きになった、そうですね(笑)
かわいそ~~

ジュリアーノは小説にもなりました悲劇のプリンスですけど、微妙…ですよね。
恋人といっても不倫関係などではない、騎士道的な愛人関係だったそうですね~。
かわいそ~~

褒似は中国皇帝列伝みたいなタイトルの文庫で知りました。
肖像も残っていないくらいの昔の人のようですけど、きっときれいだったのでしょうね!
西施は中国四大美女の一人でしたけど、中国人には人気があるそうですね。
本当に拝見してみたいですね~!!
(幻滅する可能性もありますよね??)

ベアトリーチェは可愛い感じですけど、ジェーン・グレイは本当に美少女だったのでしょうか?
ロンドン塔にも行きましたが、羽を切られたカラスが飼われているだけで、
おどろおどろしくなかったです。

(まがまがしいのも好きなのですよね、知○袋で質問しましたら、
あまりまがまがしい物にハマラナイようにね、とご回答いただきました^^)
だから、エリザベート・バートリ大好き!!
(今少し引きました…?)

すごくグローバルで面白かったです(^^)
どうもありがとうございました!!

投稿日時 - 2006-03-15 00:32:11

ANo.37

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回答(43)

ANo.43

若干の補足を入れます。
>武后、光り輝くほどの美人であったと言います。が、どの程度かはもちろん分かりません。

http://www.tcp-ip.or.jp/~mitchin/sp1/page2.html

一応、ここの仏像は、武后がモデルだと言われています。中国では、皇帝の顔を仏像にあてはめる例が他にもあります。細木数子みたいかもしれません(汗)。唐代のどっしりした(おばさんの?)顔ですね。

投稿日時 - 2006-03-16 09:30:15

補足

皆様、たくさんのご回答どうもありがとうございました!
美女は多いですけど、有名な美男子、男前、イケメンはやや少なめですね?
美女ならいくらでも思いつくのに・・・。
全く知らない歴史上の人物、知ってはいたけれど美男だとは知らなかった人物・・・
など、色々教えていただけて、本当にありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-16 19:08:03

お礼

今の美的感覚とも違うでしょうね~
例えば色白で、髪がきれい等でも皇帝の心を惹きつけられたかもしれません。
ご回答、ありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-16 10:16:51

ANo.42

38です。また参りました。男だけで、中国の美人を振れてなかったので。
いくつか前の方が、傾国の美女について触れてくれています。
もう少し違う側面からも。そう、悪女です。則天武后と西太后の二人を挙げておきます。武后、光り輝くほどの美人であったと言います。が、どの程度かはもちろん分かりません。高宗の趣味が悪かったのかもしれません。でも、後宮に入るには、選考がありますので、ある程度はないと入れないように思います。

西太后、写真が残っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A4%AA%E5%90%8E

これはかなり晩年のものでしょう。残念ながら、若いときの写真はありません。でも、もう少し若いときの面影が残っている時のもあって、それによると、若いときはなかなかの美人だったのだなと思わせるくらいの容貌はあります。これも、そう見えなくもありません? ただまぁ、あれだけ権力闘争に長けていた西太后、政治はからっきしなんですね。宮廷の権力闘争と政治・外交能力ってまったく別なんですね。武后は、伝統的評価では悪女ですが、現代では政治的には評価される声も大きいですが。

反対に儒教的道徳観にマッチした美女もありますね。4大美女に触れておられましが、王昭君などもそうでしょう。賄賂をしないが故に、きょうどへ嫁ぐ羽目になってしまいましたが、そういう道徳的な潔癖さが美女へ押し上げたこともあるでしょうね。

伝説になってしまいますが、こういう儒教道徳美女路線で美人として誉れが高いのが、孟姜女。男の妄想いっぱいの貞女っぷりです^^。

http://www7.ocn.ne.jp/~mori/hanashi/mengjiangnu1.htm

王昭君と同じように、異国へ嫁ぎながらも、本国よりも、異国で親しまれている中国人女性が、唐の皇女・文成公主です。チベットに嫁いだ時にいろんなもの(文化、絹)を持ってきた国母としてのイメージで、特に美人と言われているわけではないと思いますが。

http://zhuling.cool.ne.jp/xiangbala/wcgz/wc_index.htm

投稿日時 - 2006-03-16 01:46:33

お礼

則天武后も西太后も希代の悪女ですよね!
それなりにはきれいでないと、皇帝の目には止まりませんよね~
則天武后は政治能力があったのですか!
考えてみると中国史には本当に疎いです。

伝説の美女についてもありがとうございました!
トゥーランドットって中国が舞台の物語でしたよね?
パラレルワールドでしょうけれど、誰かモデルでもいるのでしょうか?(多分いないでしょうね)

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-16 10:14:19

ANo.41

No.40です。
微妙に違いました。ビートルズの「ハー・マジェスティ」の歌詞はこうでした。

女王陛下はとても素敵な女の子
けれども彼女はおとなしい
女王陛下はとても素敵な女の子
けれども彼女は移り気だ
陛下に 君が好きさって言ってみたいなぁ
それができずに僕はワインを飲んでいる
女王陛下はとても素敵な女の子
いつの日か 僕の恋人にしてみせる
そうさ
いつの日か 僕の恋人にしてみせる

投稿日時 - 2006-03-15 17:52:23

お礼

再度ありがとうございます。
今度機会がありましたら、探して聴いてみますね(^^)

投稿日時 - 2006-03-15 19:30:06

ANo.40

イギリスの現在のエリザベス女王の若かりしころは結構チャーミングですよ。
確かビートルズが「お嫁さんにしたい」と歌ってような。
追っかけもすごくて宮殿に忍び込もうとする輩がたくさんいたらしいです。

投稿日時 - 2006-03-15 16:37:07

お礼

ご回答、ありがとうございます(^^)

エリザベス女王の若い頃は、お父さん似できれいでした。
ダイアナ妃よりも気品がありましたね!
でも、ダイアナ妃の方が、家柄の面ではイギリス王家にふさわしいようです。
チャールズ2世の末裔で、他からも王族の血が入っていますよね。
エリザベス女王は、ほとんどドイツの血が入っていますから、硬質な美貌なのかもしれませんね~

ビートルズや追っかけのお話、初耳です!!!
本当なのですか!?

投稿日時 - 2006-03-15 16:50:17

ANo.39

回答はたくさん出てますがまだ出てないので
私は“徳富蘇峰”を押したいと思います(б∇б)
受験勉強中に資料集で見つけてテンションあがりました(笑)
でも別の資料集で年取った徳富蘇峰を見て時の流れの惨さを
感じました…

投稿日時 - 2006-03-15 08:08:19

お礼

つまり初めの資料集は若くて、次の資料集は…。
ということですよね(笑)
ちょっと検索しましたら、テンションが下がるお顔(お年?)が出てきました。
さらに検索しましたら、若い頃の全身像が出てきました。
素敵ですね。

本当に時の流れは無情ですね(^^)
ありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-15 12:03:39

ANo.38

23,24,30です。
まだ開いてますね^^。というわけで、もういっちょ。

既出でしたっけ?
王様だと、イギリスのジョージ6世。しかし、ここの家は恋愛沙汰が派手なのは昔からなんですね(兄ちゃんのことです)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B86%E4%B8%96

それと、少し土くさいけれども、ロシアのニコライ2世はいい家庭人という感じで、日本とはいろいろもめましたけど、個人的には好感がもてそうなタイプです。

さきほどのレスで書いた阿難は、お釈迦さんの側近でいとこと言われている人です。いつも側にいて、説法を聞いていて非常に暗記力が良かったのでお経を覚えていたというということになってます。

坊さんつながりで、思い出したのが、日本の明恵上人、鎌倉時代のお坊さんです。中国とインドをあげたら、日本ではだれかいなと思ったのですが。画像は残ってますが、あまり良くありません。

http://hukumusume.com/366/world/isan/itiran_kokuhou/007.htm

本人の口述をもとに、弟子が編纂した伝記では、あまりの美しさに仏道修行にじゃまになると思ったので鉄ごてで顔をつぶそうとしたなどと、そういう嫌みなエピソードがしゃあしゃあと語られます。またこの人は、超能力がすごかったと言いますが、うーん、こうなってくると逆にいろいろ怪しい・・。なお、ちゃんと学問はある人です。

投稿日時 - 2006-03-15 00:18:25

補足

URL貼れませんでしたね。
ウィキペディアから「ゾフィア・ドロテア」でご検索くださいませ。
森護先生(ご生前、講義を受けたことが何度もあります^^)の著書にも詳しく載っています。

投稿日時 - 2006-03-15 00:43:05

お礼

ジョージ6世、「英国王室史話」という本を持っているのです(笑)
優しい感じですね!

ジョージ1世の王妃ゾフィア・ドロテアをご存知でしょうか?
ドイツで幽閉されてイギリスの地を踏むことのなかった王妃です。
大変な美人だったそうですが、夫のジョージは美女嫌いで見向きもしなかった為、
ゾフィアは浮気してバレて、生涯幽閉されて、夫を呪いながら死んだそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B81%E4%B8%96_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E7%8E%8B)

仏教でも何でも、伝説は真偽の程が疑わしいですよね。
達磨さんは脚がなくなったと言われますが、そんなはずはないですから!

どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-15 00:41:00

ANo.36

トルコのアタチュルク。

参考URL:http://ww1.m78.com/topix-2/kemal%20statesman.html

投稿日時 - 2006-03-14 21:39:13

お礼

ありがとうございます(^^)
ちょっと郷ひろみっぽいような…?

投稿日時 - 2006-03-14 21:51:22

ANo.35

No.31です。ファンデンボスは世界史の教科書にも資料集にもよく出てくる人です。19世紀、財政難になったオランダを立ち直らせるため、植民地であるジャワ島に強制栽培制度を導入した人です。

投稿日時 - 2006-03-14 20:45:11

お礼

ファン・デン・ボスさん、他にもいらっしゃいますよね?
パウルさんとか。
ありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-14 21:04:00

ANo.34

フランス革命で活躍したサン・ジュストも結構美男子だったそうです。恐怖政治を行ったロベスピエールの片腕として活躍しましたが、結局は反発を受けて彼と一緒に死刑になってしまいました。キムタムみたいな感じの中性的な美しい顔立ちで「革命の大天使」と呼ばれたようですね。

投稿日時 - 2006-03-14 20:26:18

お礼

サン・ジュストさん、色々小説にも出てくるしマンガにも登場しますし、
ロベスピエールより有名かもしれませんね~。
フランス革命期のテロワーニュ・ド・メリクールが高級娼婦上がりの美女だったそうですけど、
肖像画からして美女には見えないのですよね。
サン・ジュストは美男子であって欲しいです(笑)

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 21:00:00

ANo.33

No8です。
蘭陵王の件、正史に載っているのは「退却して城に入る際、かぶとを脱いで顔をさらし、敵と間違われないようにした」という逸話です。それが「脱いで顔をさらした」→「いつもは隠していた」というように変化して仮面の伝説ができたのではないかと思います。
イスマーイールは15~16世紀の、ペルシャ(イラン)の人ですね。いまいちマイナー地域ですが。


隋の煬帝も「上美姿儀」と書かれている美形ですね。頭もいいし詩才もあるし、君主としてはともかく個人としては魅力的だったと思われます。

いわゆる美形ではないのにモテモテだったのはローマのカエサル。
「市民たちよ女房を隠せ、はげの女たらしのお出ましだ!」
後継者のアウグストゥスは美形ですが、逆に性格的に面白みに欠けるところがありますね。

それからNo7の方のヌルハチやバケタモンの話で思い出しましたが、15世紀後半、ルネサンス期のフィレンツェで最も美しいとされた女性の名は「シモネッタ」でした。シモネッタ・ヴェスプッチ。ボッティチェリやダ・ヴィンチも彼女をモデルに絵を描いています。

投稿日時 - 2006-03-14 19:18:32

お礼

イスマーイールについて、ありがとうございました!
隋の煬帝、美形だったのですか!?
実は大学の卒論がカエサル前後のローマと原始キリスト教なので、
この時代は大好きです。
塩野七生さんの「ローマ人の物語」は私のバイブルです。
よってイタリアのルネサンス期も、芋づる式に(塩野先生絡みで)好きなのです。
ルクレツィア・ボルジアがドラマチックで好きです。
シモネッタはアメリゴ・ヴェスプッチの姪でしたっけ?
小さな胸が好まれた時代の美女だそうで、確かにこの時代の肖像画や神話がモチーフの絵には
華奢な胸の美人が多いですよね。
美人薄命というのは、まさにシモネッタですよね?

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 19:55:08

ANo.32

おお~♪面白いですね(^^)今更ですが参加させてください☆

夏目漱石は男前だと思います!松中時代の漱石・・・凛々しいです。
http://www.lib.ehime-u.ac.jp/KUHI/JAP/natume.html

ちなみに沖田総司ですが肖像画を見る限りはあまり美男子ではないような?イメージと違う~(^^; これは美化されていない肖像画です(笑)
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/quwatoro/bakumatu/okita.html

イメージと違うといえば斉藤一さんも・・・
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/quwatoro/bakumatu/saitou.html

ご質問の趣旨からそれてしまいました。


「幕末写真館」は文字通り幕末の有名人の写真が見れます。
美男子を探してみて下さい(^^)
  ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/quwatoro/bakumatu.shtml

投稿日時 - 2006-03-14 19:04:51

お礼

>「幕末写真館」は文字通り幕末の有名人の写真が見れます。
こんなサイトがあったんですね~~!!
教えていただいてありがとうございます。
坂本竜馬もそうですけど、新撰組もその時々で色々なキャストがありますね。
数年前のTV東京の10時間ドラマ「壬生義士伝」では、竹中直人が斉藤一でした。
沖田総司より年下なのに!!

沖田総司が美男子でなかったのは有名です。
土方歳三は、女性にモテて、京からお姉さんに出した手紙にはご婦人にモテて仕方がない、
というような感じのものがあるそうです。
伊藤甲子太郎も美男子だったとか。

漱石先生は端正ですよね。
屈折していない暗くもない感じのお顔です。
(芥川先生の方が好きなのですけど、ちょっと暗め)

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 19:49:24

ANo.31

私の独断と偏見ですが、世界史に登場する「ファン・デン・ボス」がかっこいいですよ。クラスの女子の間で、資料集を見ては「この人カッコイイよね」と結構盛り上がってました。

投稿日時 - 2006-03-14 18:26:27

お礼

ご回答ありがとうございます(^^)
ファン・デン・ボスって誰ですか??

投稿日時 - 2006-03-14 19:42:19

ANo.30

23,24です。
あれから、中国史のほうの男前にについて考えていました(汗)。質問者様は女性かと思いますが、昼日中から歴史上の二枚目を考えてる自分(男)って・・。

あ、それと、悲劇の女性は美化されませんか?とのことでしたが、そうですね。ていうか、実際、男にはそう見える場合も多いかもしれません。守ってあげたくなるというか、そういうのも出てきます。女性同士もそうですね。昔、「女ののど自慢」という素人歌番組がありました。あれは不幸な女性しか出てはいけないという内規があったと見て間違いないでしょう。デビ夫人や叶姉妹が、億する宝石をして出てきた日にゃ、殴ってますね^^。でもガラシャは実際そこそこはあったような気がいたします。

で、長くなったので本題はさらっと。

漢王朝の軍師・張良は、文弱タイプではあったようですが、きれいなタイプだったみたいです。絵がないのがなんですが。咳き込みながら学問する明治の文士みたいな感じなのかもしれません。

三蔵法師こと玄奘は、中国の高僧の中ではぴかいちの二枚目だったようです。一般的に伝奇はほめて書くので、図像のない時代ですし、差し引いて考える必要があります。しかし、玄奘の伝記の場合、僧侶の伝記で他の高僧の容貌は美醜の意味では、さほどほめていないことや、詳しくほめている点から、実際にそうであったと思って良いと思います。
唐の皇帝では、玄宗も二枚目だったようですが、皇帝になってくると、そのへんは疑う要素が増えてしまいます。音楽に詳しく芸術に優れているので、優雅ではあったと思いますが。

ちなみに、玄奘さんは中国の坊さんですが、インドまで含めると、お釈迦様の弟子で阿難(アーナンダ)という人が大変二枚目だったと言われています。もちろん絵はないのですが、女性にずいぶん言い寄られて、修行できなかったと書かれているそうです。←えーと、ちょっとむかつく話かもしれません(汗)

投稿日時 - 2006-03-14 17:56:46

お礼

>あれから、中国史のほうの男前にについて考えていました
それは、どうもありがとうございます!

>質問者様は女性かと思いますが、昼日中から歴史上の二枚目を考えてる自分(男)って・・。
爆笑してしまいました。(お察しの通り、女性です^^)

漢王朝の軍師・張良は知りませんでしたけど、刀を振り回す武人よりも軍師の方が
白皙の美青年というのはありそうですね~(^^)
玄奘は、日本では女性が演じる傾向になっていますけど、美男だったということは関係ないでしょうね。
阿難(アーナンダ)有名ですけど、お母さんが地獄に落ちた方でしたっけ?
あとで調べてみます。
でも、女性に言い寄られて修行が出来なかったなんて、可哀相なのか幸せなのか分かりませんね!!

詳しくどうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 18:15:40

ANo.29

サンジェルマン伯爵(1710年? - 1784年)錬金術師
かなりのハンサムだったようです。

ジル・ド・レイ(1404年 - 1440年10月26日)
ジャンヌ・ダルクと行動をともにした救国の英雄。
美男子だったと何かで読んだ記憶があります。

ラファエロ
http://www.geocities.jp/yumeututuyakata/raphael.jpg
結構美男子だと思う。

マルガレータ・ヘールトロイダ・ツェレ
(1876年8月7日 - 1917年10月15日)
芸名マタ・ハリ
美人だと思います。

投稿日時 - 2006-03-14 17:14:28

お礼

検索しましたら、ウィキペディアにありました。
サンジェルマン伯爵、ミステリアスな人ですね~!

ジル・ド・レ(青髭のモデル)ですよね??
そういえば、サド侯爵も若い頃は美青年だったと聞いたことがあります。
ラファエロはパン屋の娘か何かを描いた絵「ラ・何とか」が好きです。(ラ・フォルナリーナ)
ラファエロも女性にモテたでしょうね。
ダ・ヴィンチは同性愛者だったそうですけど、若い頃は力持ちだけど手指の美しい美青年だった
と聞いたことがあるように思います(^^)

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 17:41:51

ANo.28

ナポレオン!
教科書に載っている写真は
すごくりりしくカッコイイですよ☆

背が低かったらしいですが‥σ(^_^;)

投稿日時 - 2006-03-14 17:11:46

お礼

ナポレオンのカッコいい肖像は、ジョゼフィーヌがパリ市民の人気取りの為に
美化して描かせたとTVでやっていました。
ダヴィッドの描いたものでしょうか?
馬ではなく、本当はラバ(ロバだったかもしれません)に乗っていたそうです。
背も低くて、中年以降はお腹も出てきて、禿げていたそうですよね。

美化した肖像画って怖いですよね?
どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-14 17:28:40

ANo.27

三国志で有名な、呉の周瑜公瑾でしょうか。
その風貌から美周郎とも言われていたそうです。

ちなみに三国志演義の周瑜は諸葛亮を引き立てる為に狭量な人物として描かれていますが、正史では軍略は諸葛亮にも勝るだろうと言われている度量の大きい人物として描かれています。

投稿日時 - 2006-03-14 17:03:11

お礼

三国志、全く分からないのですよね…。
生涯かけても読めないでしょうし、せめて「三国志演義」位は読んでおこうと思うのですけど…。

美周郎と呼ばれていたくらいですから、美男子だったのでしょうね!
諸葛孔明くらいは分かるのですけど、マンガ三国志でも読めば分かるかもしれませんね!

どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-14 17:33:24

ANo.26

土方歳三がいいと思います。

写真を見てもめっちゃかっこいいですよ

投稿日時 - 2006-03-14 16:35:22

お礼

やっぱりそうですよね~~(^^)
それがきっかけで、山本耕二さんも好きになってしまったくらいで…。
新春の五稜郭が舞台のドラマも面白くて最高でした!!

投稿日時 - 2006-03-14 16:38:43

ANo.25

度々お邪魔してすいません。
実は私「大正天皇」の隠れファンなので

>頭の中身の方には少々問題がおありだったそうですが

に関して一言。
天皇は健康に恵まれず、学習院も休みがちのため留年されて、結局退学していますが、成績は15人中9番目で、これもある程度のレベルの子供を集めた学校での成績ですから、世間で言われるような、頭の悪い方ではなかったようです。
勉学は理数系は苦手だったようですが、文系は得意で、自発的に朝鮮語も学ばれ、会話も出来たそうです。
私が大正天皇が好きなのは、帝が気さくな性格で、皇太子時代に全国を回っていたときに、お付とはぐれ、庶民の家に入り込んでお茶を飲まれたとか、各県の知事と親しく話をされたとか、少なくとも即位される前は溌剌とした方だったようです。
即位後は健康を害され、脳膜炎の後遺症もあって誤解される行動もあったようですが、私は現在の雅子さまのご様子を見るに、自由闊達な性格ですから、天皇として規律正しい行動を要求されたことにより適応障害が出て、心身が壊れてしまったのではないかと考えています。

余分なことですいません。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/upload/b/bf/Yoshihito.jpg

投稿日時 - 2006-03-14 15:20:57

お礼

再度お寄りいただきまして、ありがとうございます。
明治時代と昭和の間ですけど、時代は華やかだったはずですよね。
お気の毒な方だと思います。
たいへん詳しくありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-14 15:53:47

ANo.24

23です。
編集していたら、途中が抜けて意味不明になっていました。細川ガラシャと、明智光秀は親子ですので、美人の誉れが高い娘と、なかなか二枚目の父と、つじつまが合うと書きたかったのです。

ガラシャの画像、残されていたように思いましたが、記憶違いなのか、でてきません。

投稿日時 - 2006-03-14 14:59:15

お礼

ガラシャは悲劇の聖女としてヨーロッパに紹介され、「GRATIA(スペル違うかも)」グラーティアというオペラにされたそうです。
おたあジュリアももう少し有名でもいいと思うのですけど。
どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-14 15:50:41

ANo.23

独断と偏見で、いくつか・・。


ベタですが、まずは織田信長を一押しします。
色白で、鼻筋高く、女に間違えられるほど華奢な美しい青年であったとどこかで読んだことがあります。たしかになかなかの美男子だと思います。そういえば、この人の妹のお市の方が美人の誉れ高いですね。それに、お市の娘、淀殿も美人であったと聞きます。お市との方と信長、兄妹だけあって画像を見比べると確かに似ています。

http://img2.echoo.jp/photo/blog_b/12c486a053610db9e86bbdccb46b38ef.jpeg

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7

それから、信長に合わせるわけではありませんが、
明智光秀です。
個人の感性もあるので、え?とか思わないでくださいね。ガラシャは、大変な美人だったそうです。頭が良いことでも知られています。光秀は謀反人になってしまい、イメージが悪いですが、なかなかの文人タイプの美男であったようです。

http://homepage1.nifty.com/SEISYO/mituhide.htm#jinnbutuzou




それから伊達政宗。
復元された顔(仙台の瑞鳳殿出土ミイラから)も、なかなか整っていました。でも、おじいさんの設定で復元してたと思うので、水も滴るとはいきません。伝承では、男前であったそうです。それだけに、片目しかないことが劣等感で、目の話をされると機嫌が悪かったそうです。回りも遠慮がありません、もうちょっと気を使えと言いたくなりますが・・。死後作られた絵や像では、両目を付けてくれるように遺言したそうで、かなり気にしていたのでしょう。


ヨーロッパでは、バイエルン国王のルートヴィヒ2世の若いときはハンサムだと思います。オーストリア最後の皇后エリザベートのいとこ?です。エリザベートは、美人の誉れが高いですよね。でも、ルートヴィヒは、中年以降見る影もなく、汚いおっさんになってしまいましたが・・(若いとき格好良いのに中年になってだめになる人と、中年になってから格好よくなる人と何が違うのでしょ?)

投稿日時 - 2006-03-14 14:53:43

お礼

信長はそれなりに美男だったでしょうね(^^)
ガラシャは美人だったそうですけど、悲劇のヒロインは美女とされていませんか?
同じキリシタンのおたあジュリアも、家康が側室に望んだほどだったそうですし、
悲劇の美女(聖女?)ですよね。

伊達政宗は正室のめご姫(愛姫)が京人形のような美人だったとか。
政宗の銅像(でしたっけ?)も結構端正なお顔ですよね。
復元されたお顔は存じません。

エリザベートは大好きです。
ルートヴィヒはヘルムート・バーガー(やはり同性愛者)の映画を見ましたけど、
よくキャラを掴んでいました。
190cmほどあったそうで、エリザベートとは「いとこはん」くらいの関係だったはずです。
ヴィッテルスバッハ家の方は、きれいな方はきれいですね。
ルートヴィヒはお母さんのマリアが美人で、肖像画もとてもきれいでした。

でも、エリザベートもルートヴィヒも、ドラマチックな人生ですよね!

詳しくありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 15:44:51

ANo.22

芥川龍之介!・・・と書こうとしたら、既出でした(笑)
では、明治天皇、大正天皇は男前だと思います~。大正天皇は、頭の中身の方には少々問題がおありだったそうですが、顔はきりっとしてらっしゃいます。お父さん似。

ダイアナ妃がアリなら、グレース・ケリーもアリでしょう。

投稿日時 - 2006-03-14 13:43:24

お礼

グレース・ケリーは女優さんですから、プロ?の方にはご遠慮いただいた方が…(^^)
大正天皇は端正なお顔だったそうですね。
芥川龍之介の写真は素敵ですよね。
萩原朔太郎も素敵だと思われません?

どうもありがとうございました。

投稿日時 - 2006-03-14 14:00:34

ANo.21

フランスのフィリップ4世 (1268~1314) は「美男王」と仇名が付いています。
ローマの将軍で、ザマの会戦でハンニバルを破ったスキピオ・アフリカヌスは彫像が残っていますが、なかなかのハンサムだと言った人がいました。

投稿日時 - 2006-03-14 10:50:08

お礼

フィリップ4世はファーナの夫でしたね??
狂女と呼ばれた?

スキピオ・アフリカヌスの彫像、「ローマ人の物語」に載っているかもしれません。
探してみます(^^)
どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 11:08:09

ANo.20

ご質問者は、上杉家が弱いようですね。

「直江兼続」
http://www8.ocn.ne.jp/~yozan/rekisi/naoe.html

http://one-y.com/pc/find_hint/naoe_keiji.html

美男子かどうかは知りませんが、非常に爽やかな生き方をした武将として知られ、兜の前立てに「愛」という文字を使い、仁愛に溢れた武将でした。
関が原の合戦の後に、敵の徳川家康に宛てた「直江状」という書付は、武士の誉れとして世に知られています。

「上杉影虎(本名:北条氏秀)」
こちらは画像が見つけられないので、文献だけですが、北条氏康の7男で、幼名を竹王丸といって美少年として知られ、利発な方だったようです。
伝説では、最初武田家の人質になり、彼を気に入った信玄が夭折した息子の三郎信之の名を与えて可愛がったとか。
これは時期的に「関八州古戦録」の創作らしいと言われていますが。
その後、武田と北条が対立関係になると、帰ってきて、今度は上杉謙信の人質に送られ、受け入れ側の謙信に気に入られて自分の幼名の影虎を与えて、養子にします。
謙信が亡くなった後、跡継ぎ争いの「お館の乱」が起こり、義兄(妻の弟)の長尾景勝(謙信の甥)に殺されます。
この戦の主導権を握ったのが、先に書いた直江兼続で、景勝の軍師として勝利を導きました。

美女といえば、そろそろこの方も歴史上の人物としてもよいのでは。
「ダイアナ妃」
http://naxnet.or.jp/~masafumi/mel/qxx/card/bbc01.jpg

チャールズさんもお若いですね。

蛇足でエジプト3大美女

「ネフェルティティ」
http://ja.wikipedia.org/upload/c/c9/Egypt_nefertiti_workshop_bust.jpg

「ネフェルタリ」
http://www.kodai-iseki.com/shop/nefertari.html

「クレオパトラ7世(有名な)」
http://www.newchibaproject.com/travel/egypt/images/P9200201.jpg

民族によって好みが違うのかも知れませんね。
因みにツタンカーメンの黄金のマスクは別人の顔で、使いまわしの棺おけという説もありましたね。

投稿日時 - 2006-03-14 08:40:11

お礼

以前新聞でヨーロッパの王妃、皇太子妃の名前、写真、出自…etc.を載せた表があり、
一番きれいで目に付きました。
モデル出身の皇太子妃などもいらっしゃったようですけれど、一番目立っていました。

直江兼続と上杉影虎、ありがとうございました(^^)
どちらも知りませんでしたので。
上杉謙信にはお子さんはいらっしゃらなかったのですよね?
正室や側女も存在しなかったと言うことでしょうか?
女性説なんてものもありますから…。

ネフェル・ティティは本当にきれいだったらしいですね。
クレオパトラと違って、本当の美女だったとか。
例外的に写実的な肖像や絵が残されている時代ですから、この彫像もリアルだと思います(^^)
ご回答、ありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 11:19:31

ANo.19

トルコ王妃のエイメ(ナポレオンの妻 ジョセフィーヌの従兄弟)はとても美人でした。
メキシコの保守派のミゲエル・ミラモンは、「神の如き美男」と呼ばれていましたよ

文春文庫 加瀬俊一著 「ハポスブルグ宮廷の恋人達」と言う本には、いろいろな美男、美女が紹介されています。

投稿日時 - 2006-03-14 06:28:01

お礼

本当にジョゼフィーヌの従姉妹だったのですね~!
何かで小説化されたものを読んだことがあるのですが、出来すぎでしたので
遠い親戚くらいかな?と思っていたのですけど。
ジョゼフィーヌは絶世の美女と言うより、優雅な魅力の女性だったそうですね。
レカミエ夫人の肖像を見たことがありますが、ボーアルネ未亡人同様、
パリの三大美人のひとりだそうですけど、きれいで可愛い感じでした(^^)

メキシコの保守派のミゲエル・ミラモン、知りません…。
20世紀くらいの方でしょうか?
でしたら写真がどこかにあるはず。
・・・・・・
19世紀の方ですね。検索に「ミゲル・ミラモン」でヒットしましたけど、写真がありませんでした。
機会がありましたら、見てみたいと思います。

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-14 11:01:16

ANo.18

日本史では、直江兼続、石田光成などもイケメンだったようですね。

世界史では、アレクサンダー大王がイケメンだと思います。イッソスの戦いの絵を見て思いました。

投稿日時 - 2006-03-13 22:24:10

お礼

大学でちょうど父親のフィリッポス2世とアレクサンドロス(3世)を専攻したのですけど、
とにかく背が低かったようですね。
直江兼続って誰でしたっけ…?

ご回答ありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 22:50:15

ANo.17

 伊勢物語の主人公のモデルとなった在原業平(ありわらのなりひら)は古来から色男、プレイボーイの代表格として知られております。皇室の神に使える立場の伊勢神宮斎宮と情を通じ合ったといわれていますから、かなり女性にもてた人であったと思われます。
 東京の隅田川に架かる橋ー言問橋と吾妻橋の別名(業平橋)は伊勢物語にちなんで付けられているようです。

投稿日時 - 2006-03-13 20:40:23

お礼

在原業平は本当にドラマチックな人だったようですね。
マロですし写実的な肖像画なんてないでしょうけれど、女性にもてたのは確かみたいですね(^^)
ご回答、どうもありがとうござました!

投稿日時 - 2006-03-13 22:51:59

ANo.16

こんばんは。
歴史上の人物と言ってよいのか・・・小説家になりますが「芥川竜之介」が素敵だと思います。

投稿日時 - 2006-03-13 20:19:24

お礼

ああ!分かります~!!
きりっとしているようで、陰があってミステリアスですよね~!(誉めすぎ?)
ご回答ありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-13 20:22:16

ANo.15

あんまり知られていない人ですが、上杉謙信の養子の息子の上杉三郎景虎とゆう人が、その時三国一の美男子だったらしいですよ。
景虎さんはもともと北条氏康の子供でお母さんも美人だったらしいです。

投稿日時 - 2006-03-13 20:02:23

お礼

上杉謙信女性説というのがありますけど、色小姓もいなかったのでしょうか?
養子が三国一の美男子なんて、何だか怪しい…
まったく知らない人です、どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 20:08:49

ANo.14

「豚一」といいますのは慶喜公が豚肉を食べたことから付けられたあだ名です。
「豚肉を食べた一橋公(水戸徳川家から一ツ橋家に養子に入った)」すなわち「豚一様」です。

投稿日時 - 2006-03-13 19:33:08

お礼

ありがとうございます!!
でも「豚一」はないですよね~??
結構イケメンだと思います(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 19:44:09

ANo.13

 東郷平八郎は、かなりハンサムです。
写真が今でも残っていますし・・・

 よく見るのは、年をとってからのものが多いですが、
若い頃の写真は、今の感覚でもかなりの美男子です。
是非探して見てみてください。

投稿日時 - 2006-03-13 17:16:52

お礼

ネットでちょっと検索しただけでは、若い頃の写真はないですので、
図書館で伝記があったら見てみます。
TVなどで取りあげられたら、きっと若い頃の写真も出るかもしれませんね。
どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 17:45:23

ANo.12

豚一こと、徳川慶喜公はかっこいいと思います。ただ、剣術稽古のせいでしょうか、鬢が面ズレをしているのがちょっと「アレ」かもしれません・・・・。

投稿日時 - 2006-03-13 16:56:38

お礼

ご回答ありがとうございます。

>豚一こと、徳川慶喜公はかっこいいと思います
「豚一」って何のことでしょうか?
確かに涼しげなお顔ですね~

投稿日時 - 2006-03-13 17:42:51

ANo.11

ツタンカーメンさんは

http://www.wired.com/news/images/manual/67489_kingtut1.html

ですね。
高貴で男らしい顔立ちですが、好き嫌いは出そうですね。

写真の無い時代はよく分からないことが多いですし、時代により美男子の基準も異なるので、現代人が見て美男子かどうかは難しいですね。
例えば14代将軍徳川家茂は、馬面で鼻が高く鼻梁がはっきりしていると書いてあり、好男子のようですが

http://www.dokidoki.ne.jp/home2/quwatoro/bakumatu/iemoti.html

肖像がでは好みが分かれますし、光源氏のモデルといわれる藤原道長も肖像画ではちょっと引いてしまいます。
ベルサイユの薔薇のオスカル(ユラン伍長がモデル)は

http://monberu.milkcafe.to/html/travel/carnavalet.htm

こんな顔で、意外に平面的な顔のようです。
クレオパトラの例も出ましたが、外見はそうでなくても人間の内面の魅力がオーラのように出てくると、美人に見えますし、難しい。

投稿日時 - 2006-03-13 16:09:06

お礼

ツタンカーメンは、確かに好き嫌い分かれそうですね。
光源氏のモデルは複数いたとも伝えられますね。
在原業平も有力とか。
藤原の姫を連れて逃げた、悲恋の方ですけど、恋多き男性でもあったようですね。

確かにその方の魅力はお顔だけではないですよね。
ファッションモデルが俳優さん、女優さんとして成功するとは限りません。
西田敏行さんはああいう方ですけど、独特の個性と魅力をお持ちらしいですし…。
友人がキアヌ・リーヴスのファンだったのですが、実物を見てがっかりしたそうです。
オーラも何もなくて、スタッフ?の中からご本人を探すのに苦労したくらい、
パッとしなかったそうで…。

面白い例(ユラン伍長とか^^)をたくさん、ありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-13 17:39:03

ANo.10

K-1

古代エジプト「ツタンカーメン王」もなかなかイケるという話です。

ドラマや映画で沖田総司を演じた中で一番似ているのは「明石家さんま」だとか。

投稿日時 - 2006-03-13 15:05:19

お礼

ツタンカーメンはそれなりに美少年だったでしょうね。
ただ、以前CGで再現した画像を見ましたけれど、ちょっと微妙だった気もします。

沖田総司=さんま説、あんまりですけど、あり得ますよね。
生き残った隊士の言葉では、ふざけていない時を思い出せない位、
いつもふざけていた人だったようですね。

どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 15:13:25

ANo.9

No2さんの言うクレオパトラはブスですよ。
エジプト人の中では公然の事実です。
シーザーや多くのローマの有力者を虜にしたので、美人じゃなければ体裁が悪いということで美人としただけです。

投稿日時 - 2006-03-13 14:57:40

お礼

ローマ人が希代の悪女であり絶世の美女に仕立て上げたようですね。
楊貴妃は、太めで裸踊りが得意なイラン系女性であった可能性も高いそうですし。
トロイのヘレンだって、国同士の意地の張り合いから、大戦争になっただけかもしれませんよね。
最低でも肖像画(彫像)でも残っていれば、想像もできるのですけど、かなり美化していますから…。

どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 15:09:47

ANo.8

「美しさを隠すため仮面をかぶっていた」という伝説までできた蘭陵王こと、南北朝時代北斉の高長恭。歴史書にも「音容兼美」なんて書かれてますし、声もよかったみたいです。日本の雅楽『蘭陵王』の題材にもなってます。

サファヴィー朝の創始者、シャー=イスマーイール1世は宗教的な指導者で、14歳で即位してあっという間に大勢力となるなど軍事にかけても天才的でしたが、「邪悪なほどの美しさ」と言われるほどの絶世の美貌でした。詩人としての才能もあり、一種異様なカリスマだったようです。


No2の方が挙げているいわゆる『世界三大美女』、日本以外では小野小町が外れてトロイのヘレネになるみたいですね。

投稿日時 - 2006-03-13 14:51:42

お礼

段々グローバルになってきましたね!
「蘭陵王」は田中芳樹の小説で初めて知りました。
美しさを隠すため仮面をかぶっていたというのは、史実なのか伝説なのか、どちらでしょうね??

シャー=イスマーイール1世は知りませんでした!
誰・・・?
異様なカリスマなんて、面白そうですね(^^)。ちょっとまがまがしいかも。

世界三大美女、最近ではエリザベート皇后も入れても良いのではないでしょうか?
先日ハプスブルク家についてのご質問に回答させていただいたのですけど、
ルイ15世の最後の寵姫だったデュ=バリー伯爵夫人の蝋人形を、ロンドンで見たのですが、
おとぎ話のお姫様のようにきれいでした!!
(世界史上はたいした人物ではありませんでしたけれど)
「眠れる森の美女」というサブタイトルがついていたくらいで・・・↓

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=2003108

どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-13 15:06:18

ANo.7

満州族(女真族の一部)のヌルハチは、名前の響きによらずかなりの美男子であったと複数の書物に記載されていました。ヌルハチは、清国の統一に強大な力を発揮した歴史上の人物です。名前とのギャップで覚えていました。。

投稿日時 - 2006-03-13 14:39:46

お礼

ヌルハチ……
えええ~~~???
「ヌルハチ」のくせに美男だったのですか?
小説のあとがきで、エジプトの美しい姫君の名前が「バケタモン」というのもありましたから(^^;)

ヌルハチの分際で美男だったのですね。
祟られるかも・・・

ご回答、どうもありがとうございました!!

投稿日時 - 2006-03-13 14:56:44

島原の乱の首領、天草(益田)四郎時貞などもカリスマ性のある美少年だったそうです。

投稿日時 - 2006-03-13 14:27:45

お礼

カリスマ性のある美少年に率いられたら、従っちゃいますよね?
ご回答ありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 14:31:32

ちょっとマイナーですが、
「伊庭八郎」
幕末の天才剣士で、江戸城開城後、彰義隊に参加して片腕を失うが、函館五稜郭に転戦。
労咳を病んでいて、生き急いだという。

http://homepage3.nifty.com/ponpoko-y/iba-hachiro/iba-hachiro-top.htm

「春日左衛門」
元彰義隊第二黄隊隊長で、彼ももてたようです。

「林忠崇」
元請西藩主
賊軍として、維新後唯一華族に成れなかった大名。
後に復権しました。

榎本武揚や星恂太郎も美形といってもよいと思います。

http://www.ne.jp/asahi/jyuntaro/gakuheitai/jyuntaro.htm

参考URL:http://www2.plala.or.jp/shyall/retuden/yugekitai.html

投稿日時 - 2006-03-13 14:14:35

お礼

詳しくありがとうございます。
伊庭八郎、すらっとしていましたね。
やっぱり幕末はドラマがありますね~
洋装と和装の過渡期ですしね!
でも、洋行帰りでもないと、中身はふんどしだったそうですね・・・
つまり榎本武揚はパンツ?だったけれど、当然他の大抵の方々はふんどしだった、ということですよね・・・

春日左衛門は知りませんでした。
林忠崇は、実は子孫の方が私の知人なのです。
(年齢は私の父よりずっと上なのですけど)
イギリスの多分、伯爵だったとおもいますが、林先生をご覧になって
「あのチャーミング(魅力的)なジェントルマンはどなたですか!?」
とそばの日本女性(私の知人)に英語で尋ねました。
知人は、「バロン・ハヤシです」とお答えし、
伯爵は「やっぱり、只者ではないと思いました!」とおっしゃいました。(英語で…)

二枚目ではないのですけど、素晴らしく魅力的な方で、私も大好きな方です(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 14:27:09

ANo.4

やっぱり織田信長でしょうか。

参考URLの、宣教師が書いたとされる信長の絵を見ると、現代のイケメン基準とも充分に合致しそうです。
彼の妹のお市も絶世の美女だったとの逸話がありますし、信長の周囲は美男美女揃いだったのでしょうね。

参考URL:http://art-random.main.jp/samescale/048.html

投稿日時 - 2006-03-13 14:05:31

お礼

前田利家も背がすごく高かったそうですけど、美男子で、若い頃は信長の色小姓だったそうですね。
♂♂ですけど、美男×美男で、美しい組み合わせですね(^^)
森蘭丸が美少年だったとされる根拠は何でしょうか??
(文献でも残っているのか・・・?)

お市の方は本当にきれいだったのでしょうね~~
細川ガラシャもきれいだったらしいですし、伊達政宗の正室のめご姫も人形のような美女だったとか。

ご回答、どうもありがとうございました!

投稿日時 - 2006-03-13 14:15:05

写真が残っている範囲では

「土方歳三」

http://www-user.interq.or.jp/~sohjiro/toshizo.html

http://www.tamahito.com/ishida22.htm

女性にももてたようです。

投稿日時 - 2006-03-13 14:01:18

お礼

近藤勇は百姓顔(?)ですけど、同じ豪農でも土方歳三は、素敵ですよね~
どうもありがとうございました(^^)

投稿日時 - 2006-03-13 14:05:16

ANo.2

クレオパトラ 
楊貴妃
小野小町

が代表的ですが、質問の趣旨とはちがうのかな?

沖田総司も美男子といわれていますが、実は藤堂平助のほうが美男子だったという話も聞いたことがあります。

投稿日時 - 2006-03-13 14:00:20

お礼

早速のご回答ありがとうございます。
沖田総司は浅黒くてヒラメ顔だったと聞きました。
写真が存在しませんけど、性格は明るかったそうですね~
意外と知られていないですけど、斉藤一や藤堂平助は、沖田総司より年下なのですよね。

小野小町、ロシア人の血が入っていた説は、本当でしょうか・・・

投稿日時 - 2006-03-13 14:03:09

ANo.1

日本でいえば,土方歳三は美男子だったらしいですね.洋装の写真も残されています.

沖田総司は話ほど美男子ではなかったようです.

まあ,美的感覚は文化や時代によっても変化しますから….

投稿日時 - 2006-03-13 13:57:58

お礼

早速のご回答ありがとうございます。
土方歳三はいいですよね~
新春NHKの山本耕二・土方、最高でした~!!

投稿日時 - 2006-03-13 14:00:47