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締切り済みの質問

血液型と性格に科学を持ち出すことへの危惧

こんばんは。
表題の件、科学的な実証が不可能という結論で理解していますが、
解釈の世界でお付き合いくださると幸いです。

前提:ABO式血液型の種類と心理的な特性の間に有意差は見られない(統計学上の話)
しかしながら、私はこう思います。
この前提は「統計学」の立場での結論であり、実際には「ない」ことも実証できないのです。
したがって「関連性がある」とも「関連性がない」とも、科学的な根拠をもって証明することはできない。

つまり、ぶっちゃけ
「血液型と性格なんて関係ないよ」
というのもまた非科学的ともいえるのではないか。と。

「関係ある」の学説が否定された=「関係ない」と結論付けられるのか?
というつっこみが入りそうなのです。

将来ビッグデータの処理が進化し、この実証が都合よく進められるという可能性も危惧しています。
このテーマは、科学に持ち込まないでほしいところです。

ご意見聞かせていただければと思います。
よろしくおねがいします。

投稿日時 - 2017-10-09 21:58:21

QNo.9383947

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回答(5)

ANo.5

おっしゃる通りで血液型と科学は関連性がないようで、不思議はあるかと思います。結論先にあり、である傾向を血液型と結びつけることもできるでしょうし、民俗学的にある血液型が社会的優位に立つ場合があります。日本人は40%がA型、メキシコ人は100%近くがB型、ヨーロッパ人はAB型が多いとされています。ですが、国際結婚が多くなればこうした傾向も崩れるでしょう。又血液型にスポットを当てて特定の政策や医療技術を売り出すというのもあり得ます。
血液型を科学的に証明するのは困難だと思います。

投稿日時 - 2017-10-15 20:06:07

お礼

ありがとうございます。
国別の比較は興味深いですね。
かじり読みですが、こう説明されていました。
B因子(B型、AB型)の比率の高いのは主に東南アジア、中東。
少ないのは、主に欧米。
日本と血液型分布が似通っているのが「ハンガリー」
ハンガリーの語順は日本語と似ており、国民性もやや似ているといわれている(ここはよくわかりません)
韓国、北朝鮮もA>O>B>AB だが、OとBは拮抗しており、日本よりもABの比率が高い。逆にAとOの比率が日本より低い。
中南米はメキシコだけでなくブラジルなど他の国も90%以上がO型
ヨーロッパは西側がA型中心(スペイン、イタリア、スイスは半数以上A)
イギリスは例外でOが多い。BとABは極端に少ない。(あわせても1割程度)
それでも一歩間違うと人種差別を生みそうなので、考察する側は慎重に進める必要と責任があると思います。

投稿日時 - 2017-10-17 23:36:18

ANo.4

こんにちは。

読ませて頂きました。

>この前提は「統計学」の立場での結論であり、実際には「ない」ことも実証できないのです。
>したがって「関連性がある」とも「関連性がない」とも、科学的な根拠をもって証明することはできない。

正しい推論だと思います。

血液型と性格は関係ないという場合、性格特性を問題にしている人からの批判が多いのではないかと思っています。

血液型の性格論というのは学問的ではないという批判はありながらも、性格論の中では、星占いとかもそうですが、タイプ論的なものだろうと思います。

そもそも論の立て方の立て付けが違うんだと思います。

人の性格についての心理学上の研究姿勢としては「特性論」と「タイプ論」の2つのものがあります。

いわゆる統計で明らかになる性格というのは「特性論」というもので、人と比べてどうこういうというのが特性論です。

よく自分にはこういう特性がある、こういう傾向があるというとき、人と比べてどうこうといっているわけですね。

例えば、偏差値とか、100メートルのかけっことか。

例としては、ウサイン・ボルトは100メートルを速く走ることにおいて誰よりも優れた特性を持っているというようなことになるわけです。

ところが、タイプ論では、MBTIがそうですが、外向・内向の大きな性格分類があって、思考・感情・直感・感覚が各々にぶら下がっており、さらに知覚型と判断型というものがあるので、人の性格を16個に分類します。

人の心は、それらのパーツが一定の規則で組み立てられており、これによって性格が決まると考えます。

これはユングという心理学者が考えた性格論で、外向・内向という言葉は聴いたことがあると思います。

この細かい説明は省くとして、さまざまな観察から心の仕組みを明らかにしたところ、そういうタイプわけが可能だと考えたわけで、これは誰か他人と比べてどうこうというわけではありません。

例えていえば、みかんとキリンを比べて、このミカンはどれくらいキリンらしいかという比較は、まったくナンセンスですね。

その人の中で自分の心がどういう仕組みになっているかを知るのがタイプ論です。

この性格論における特性論が、統計を使っているわけで、世の中にある性格診断のほとんどが統計を使った特性論的性格診断だといわれています。

それで、どうも批判の内容を見ていると、人の性格が4つに分かれるなんて乱暴すぎるとか、人の性格はそんなに単純なものではないとか、人の性格なんて現象として表れているにすぎないのだから、統計的にしか語れないというような批判ですが、これは全部タイプ論の性格論についての批判だと思います。

そもそもタイプ論を批判する仕組みとしてはこんなところです。


さて、血液型の話に立ち返ると、私は私はB型ですが、B型という人の性格というのはあると思うんですね。

血液型は遺伝で決定しますが、同時に、親の性格は内向・外向というものが遺伝的に引き継がれるということを言う人もいますし、記憶さえも隔世遺伝するということが最近は言われています。

さて、それでこれを実証するとしたら、血液型を決定する遺伝子が脳の神経回路にどのように影響しており、例えばドーパミンやセロトニンやオキシトシンの分泌にどのように影響しているかを脳科学的に明らかにする必要があります。

これをやったら、何か違いが出るかもしれません。

多分、やったら面白い結果は出るでしょうが、あまり役に立たないでしょうし、儲からないので、やらないと思いますが。

これは統計とは逆向きに、現象を原因とか原理とかから説明するというやり方ですね。


それと、血液型によって病気になりやすいとかなりにくいという話があって、先の純粋ブラジル人は全員O型とかという場合、病気によって人が選別されたといえるわけです。

これはオーストラリアのアボリジニもそうですし、北米のインディアンもそうです。

病気の生き残りなわけですね。

そうすると、これが神話の形でどこか記憶に残っていて、ある種の性格を決定づけるということはあるかもしれません。

ところで、血液型性格論はどこまでグローバル性を持つのかという問題もあります。

私はB型ですが、A型がマジョリティを占める日本の社会で育ちましたから、もしアメリカで血液型性格論というものがあったとして、アメリカ人を研究して発展していったとしたら、ひょっとしたら、私は典型的なA型と見えるかもしれません。

これは有り得ることで、日本の精神科医が日本の臨床経験でアメリカ人を診断したとしたら、多分、ほとんどが人格障害と診断するように、精神的なものや性格的なものはかなり文化的背景に左右されますので、グローバルにどこまで世界中で通用するかはわからないわけです。

私は性格をそもそも分類することにはあまり意義があると思っていませんし、知らないよりは知っておいた方がいいくらいのものだと考えています。

しかし、あなたが科学についてお考えになったことは大変素晴らしいので、科学方法論という分野があるみたいですから、是非、ご検討なさってください。

回答になってますでしょうか。

投稿日時 - 2017-10-14 18:38:33

補足

いろいろ調べた結果、否定派と肯定派は基本的な会話自体ができていないようです。この部分に焦点をあてて、両者の会話を成立させるような動きに期待しています。系統としては、クレッチマーの提唱した体型論と同じだとおもいますが、統計学以外の方法論ができてもよいように思います。

投稿日時 - 2017-10-22 10:23:48

お礼

ありがとうございます。専門家の立場からの知見をいただけるとは光栄です。
方法論にも様々なカテゴリがあり、それぞれの立場を明確にしたうえでの論争が欠かせないことも学びました。身に着けるとしかりとした展開ができそうです。
ここで初めて申し上げますが、このテーマ、中学2年の時に関心を持ち、支持していたのですが、高校1年のときに、自分の運命が生まれつきの特性で決定されているような恐怖感から、とうとう血液型を詐称したのです。
実際はAだがBと詐称
それを30年間続けました。酒の席で血液型の話がでるたびに鼓動がなりました。
しかし、その課題と向き合おう、また自分の属性を受け入れよう、という考えにいたりました。
脳科学が進化し、体内の成分と脳神経の活動が検証されたら、影響の有意差は実証できる可能性はあると私も考えていますが、実験結果の解釈や、判断はきっと慎重にならざるを得ないと思います。グローバル性もあり、
またよく言われている「自己成就」も入ってくるでしょう。
動物実験できればいいですが、4種類の血液型をもつ動物はいないものでしょうかね。
今後とも何かの期にお付き合いくだされば幸いです。
よろしくおねがいします。

投稿日時 - 2017-10-14 19:57:36

ANo.3

 血液型と性格の関係について、さも「科学の裏付けがあるか」のように言うから、科学をもって反論したくなるのです。

 また、純粋なブラジル人は95%くらいが、O型なんだそうです。インターネットで「ブラジル人 血液型」を検索してください。

 国民のほとんどが同じ性格だったり、同じ運勢だったりするのって、おかしいと思うんですよ。

 「矛盾」という言葉がありますが、これは、「どんな盾でも突き通す矛」と、「どんな矛でも突き通せない盾」の両方を売っていた商人が、客から「その矛でその盾を突いたらどうなるか」と聞かれて答えられなかったという逸話から出た言葉だそうです。

 では、O型の運勢が「最強」「勝負事は必ず勝つ」のとき、ブラジル人だけのチーム2つがサッカーをしたら、どちらが勝つのでしょう。

 あるいは、ブラジル人の95%が「同じ物が好き」でしょうか。「こう言えばこう反応する」というような話になるのでしょうか?だとしたら、ブラジルでの商売はすごく簡単ですね。

 これらは科学ではないので、科学の持ち込みを拒んでも、血液型と性格や運勢を結びつける論が反論を受けるのは、避けられないと思います。

 とは言え、テレビで女子がこう言い切っていました。「血液型占いは、楽しいからやってる。根拠なんてどうでもいい」と。

 だから同様に「血液型によって性格判断ができるというのは私の信仰だ。新興宗教だ」と言い切ってしまえば、科学の介入はなくなると思います。「神や仏の存在を証明しろ」「証明できないものを信じるなんて馬鹿だ」とは誰もいいませんから。イヤ、いるか・・・ な。

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 マメ知識

 「林先生の初耳学」というテレビ番組によると、血液型の、「几帳面かおおざっぱか」などの性格判断は、わずか「11人」を調べて出したものだそうです。

 1927年、古川竹二教授(東京女子高等師範学校:後のお茶の水女子大)が自分の親族11人を調べて出した「血液型による気質の研究」が原点だそうです。
 A型     消極的
 B型、O型  積極的
 AB型    内面はA型、外面はB型

 1900年ごろ、ヨーロッパ圏では、Aが50%、O型が40%、B型10%。 日本人は、A型が40%、O型が30%、B20%というデーターがでた。他方、ゴリラや牛はB型であり、蛇にはA型とB型があるので、ドイツのE・フォン・デュンゲルン博士が、「B型が多い東洋人は野蛮だ」と発表した。

 これを知った古川博士が反発。「B型にだって優れた面はある」と言って、性格をよく知る親族11人の性格を調査した。「アナタは積極的か消極的か」などと質問して「はい、私は積極的です」などという答えによって、グループ分けした。

 1973年、その研究をもとにしたと言われる本「あなたを幸せにする性格分析 血液型人間学  能見正比古」が発売されるや、大ブームになった。

 という流れだそうです。

 番組では、「科学的根拠はまったくない」と言い切っていました。苦情、抗議は番組へどうぞ。

 私は、最近読んだ本の、「性格は、長子・中間子・末っ子・一人っ子のどの位置に生まれ育ったかでほぼ(基本型は)決まる」と主張のほうが正しいように思います。

投稿日時 - 2017-10-10 02:11:33

お礼

ありがとうございます。
支持者の言い分としては、「性格は血液型だけで決まるのではない、すくなからず影響しており、それには個人差がある」ということだと思います。問題はそこをどう論証するかなのでしょうが、そこがきっとできないのでしょうね。人間の感情や感性の推移を統計学と同様の規模で行うのはとても難しい。
ただ、今後マイクロチップが体内に埋め込まれ、第三者から感情の動きや、脳波の動きが測定でき、そことABOの違いのモニタリングが可能な状況になったら、様々な試みがなされると考えています。マイクロチップが実現するかどうかは怪しいですが、、。
この論争は、人間の性格をどう定義するか、感情は定量化できるのか、などという壁にいずれぶつかり、そこでひと悶着するのではないか、と考えています。

投稿日時 - 2017-10-10 06:24:01

ANo.2

例えば骨髄移植をすれば場合によっては血液型が変わります
(移植はHLA抗体が合えば良いのでABO式が異なっていても良い)
ですが、骨髄移植で血液型が変わっても性格まで変わったって話は無いそうです
勿論、命を助けられた事により心境の変化があり
性格が変化する可能性もありますが
基本的にその人の性格は変わりませんとの事

統計学ではない、実際に「ある」事の実例です

投稿日時 - 2017-10-09 23:38:26

お礼

ありがとうございます。血液型が病気で変わるなどの事例は聞いたことがあります。たしかに培ってきた性格がおいそれと変わるのは不自然ですね。ただ、こうも聞いたことがあります。ABOの識別の成分は、体の細胞すべてに行き渡っている。血液だけではない、皮膚も、髪の毛も、、だから素材は同じだから、当然本質は変わらない、、

投稿日時 - 2017-10-10 06:17:18

ANo.1

 では、『関係があるとは言えない』ではなく『無関係だといえる』と主張する論文を。もちろん論文が発表されたからといってこの論が正しいと実証されたわけではありません。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/advpub/0/advpub_85.13016/_article/-char/ja/

投稿日時 - 2017-10-09 23:27:22

お礼

ありがとうございます。論文拝見いたしました。かなり規模が大きい調査のよううです。経済的行動が人間の特性を反映しているが、ABOの違いの有意差はそこには見られなかった。ゆえに関係がないと主張できる、という風に受けました。おそらくですが、支持者は行動面よりも、感情面を重視しているのではないかと考えています。それは設問調査ではわからない部分かもしれません。

投稿日時 - 2017-10-10 06:13:36