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なぜ孤独死は嫌なのでしょうか?

結婚したい理由に「孤独死したくない」と言いますが
なぜ孤独死は嫌なのでしょうか?

死んだ後の事なんてどうでもよくないですか?
腐乱死体になって周りに迷惑をかけるのが嫌なのでしょうか?
1人で死ぬのが寂しいのでしょうか?
であれば老人ホームなどに入ればいいのに
なぜ結婚と孤独死がつながるのでしょうか?

投稿日時 - 2017-10-12 22:31:18

QNo.9385215

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回答(10)

ANo.10

老人ホームに入るお金がなかったり、空きがなくて入れないという人もいますね。まあ、やはり一人で死ぬのは寂しいと思いますよ

投稿日時 - 2017-10-13 18:04:41

ANo.9

やはり腐乱死体は嫌ですねえ・・・

投稿日時 - 2017-10-13 16:39:31

ANo.8

 孤独死とは、一人暮らしの人が、病気になっても救急車を呼べず、そのまま死ぬことです。家族がいれば助かった可能性があります。老人ホームでもこの問題は解消できますが、やはり年を取ってから知らない人と一緒より家族のほうがいいと考える人のほうが多いのでしょう。いざとなったら赤の他人より家族のほうが頼りになります。
 私は、孤独死をする人は、そうなっても構わない人だと思っています。

投稿日時 - 2017-10-13 08:13:00

ANo.7

一人で苦しんで死ぬのは嫌。
餓死は嫌。

投稿日時 - 2017-10-13 06:47:30

ANo.6

結婚は別にもういいやと思っていますが(離婚歴あり、子どもあり)、自宅での孤独死はやはり嫌ですね。

前に一度、知り合いから特殊清掃のバイトを持ちかけられたことがあり調べましたが、腐乱死体になると相当な迷惑をかけます。
それは想像を絶するもので、相当なリフォームにお金がかかることがあり遺族が拒否すると管理会社や大家さんが泣く羽目になり、綺麗にしても当分は事故物件として告知事項付きで安くお部屋を提供しなければならなくなります。

死んでからそんな人様に迷惑かけたくないので、せめて腐乱前に発見されるよう娘が嫁に行っても連絡は密に取りたいですし自分の親もどちらかが先立ったら施設に入れるか毎日顔を出すかしたいと考えています。

結婚はしてもしなくても関係ないのでは(どうせ子どもが出来ても独立していくでしょうし、頼るのがパートナーだけだったとしてもどちらかが先立つわけなので)。
結婚の理由に孤独死への恐怖を挙げる人は、結婚したら経済的に楽ですし当面は寂しくないのでそれを理由にしてるだけではないのでしょうか。
結婚して子どもが出来ても、いつまでもコミュニケーションをとり続けられる家族関係を築けるかが問題だと思います。

投稿日時 - 2017-10-13 05:53:06

ANo.5

人は愛し、愛されて育成されて形勢し
そして最後も人を愛し、愛されて看取られて亡くなるのが
人として幸せだから教訓から学んだ自分の活き方なのでは。

だからこそ孤独死だけは免れたいと願う心なのかも。

人として仕方無く孤独死になるケースもあるでしょうし、
老人ホームに入りたくても入れない事情もあるでしょうし、
その人様々ではないでしょうか。
結婚すると老後も独りより二人の方が助け合いも出来ますし
日常の楽しさもあります、やはり愛されている感覚や
喜びを得て最後をも笑顔で迎えれるでしょう。
死に対しての向き合い方も違って来るのではない?

独りで死ぬ恐怖感、寂しさはその人しか理解出来ない
事かと思いますが、身近に愛されている感覚が無ければ
寂しくなるじゃないですか?!
腐乱死体になりたくなくても、孤独死にならざるを得ない
人々も大勢いらっしゃるかと。。

*迷惑を掛けたくないと思うのは日本人の気質なのでは
 ないでしょうか。

投稿日時 - 2017-10-13 01:05:22

ANo.4

死んだあとのことはべつにどうだっていいんじゃあありませんか。
死ぬ寸前ですよ。

その人間が世の中に存在しているということを誰からも忘れられ、生きていても死んでいても誰も気にもしない状態というのを忌避するんです。
惜しまれて、いざというときに泣かれるなんて言う必要はない。

自分が誰かにとって必要な存在でありたい、これは老人になって思うことじゃなく、うんと若い時から誰もが思うことです。
つまらない仕事をしているように自虐している人間が、誰かから感謝の言葉を受けて、自分がここに居ていいんだと思う、それが生きがいの原点です。

若い人間ほど、自分が社会の役にたっているのか、ということを疑うものです。
東西の戦争を抑止しているなんていうことをしていないから、自分の存在が無駄だとかそういう思い方をしがちなんです。

だけど、自宅の傍の道を掃除してくれて、ありがとう、そういう話は常にあり得ます。それがご近所の感謝を浴びることがあるのです。国際平和だとか人類発展の発明なんかしなくったって、生きている価値があることを認識できたらそれが生きがいになるのです。

もし現役を引退したって、指導者とかアドバイザーとしては存在理由はあります。また、現役時代こうだったという伝説を共有されることで存在理由を見出せる場合もあります。

そういうことが全くなくなって、生命だけがまだ燃えているという状態が耐えられないのです。それこそ何のためにそこに居るんだということになります。

亭主を馬鹿扱いしようが、ののしろうが、そんな女がそばにいたら、自分が居る理由はそこにあるわけです。双方が生きている限り、相手の存在理由を保証する担保になってるのです。

これが老人ホームで片付くかというとそうでもないのです。

死を待つだけの年寄りと一緒にいて、自分の存在理由がありますか。

これが夫婦であれば、相手を介護する仕事は生じるわけですから、間違いなく自分の存在は求められます。
だけど、誰かが介護している人事不省の人間と一緒に居てもはりあいもなにもありません。
寧ろ自分のわずか残っている存在価値をその廃人みたいな人間に吸い取られるだけということになります。

投稿日時 - 2017-10-12 23:56:18

ANo.3

ずうっと健康でいてある日眠るように亡くなるのは理想ですが、高齢化してガタが出てくるとあちこちが痛み、心臓やら消化器官やら内臓もおかしくなります。

私は入院や手術を何回かしましたし、気道閉塞で窒息を2回やりました。救急車を呼んだのは一回ですが呼びたいと思ったのに呼べなかった事が2回ありました。

なぜ呼ばなかったのか。それは旦那が留守だったからです。本当に死ぬほど苦しい時は電話がかけられる状態ではありません。お分かりでしょうか。

孤独死の前に死にかけるほどの痛みと苦しみ、掃除も炊事もできない不便、入浴も自分の嘔吐したものを片付けることさえできないのが独居です。

Gが怖い旦那のために私が追いかけ回し、旦那はクモと蚊をやっつけてくれます。

こういう助け合いがあって命も支え合い、体が効かなくとも精神的に楽しく明るく笑いあえる老夫婦でありたいと思うわけです。

投稿日時 - 2017-10-12 23:22:20

最後の瞬間に「今日は俺が主人公だと胸を張れるハレ舞台が用意されていてほしい願望です

投稿日時 - 2017-10-12 23:19:59

ANo.1

人間に限らず、全ての生命が生きる理由の一つが、遺伝子を後世に伝えることだからです。
命は一代で終わりではなく、遺伝子を通して希望を未来に託す…

これは何も、所謂宗教的な話ではないです。
例えば、あなたから右手を切り落としたとします。
その右手はあなたと言えるでしょうか?
あなたを頭の天辺から2つに割ってみましょう。
右があなたでしょうか?左があなたでしょうか?
考えること、思うことがあなたでしょうか?
あなたの体細胞から生まれたあなたの子供はどうなのでしょうか?
また、あなたの細胞を作り出している肉や魚や野菜はどうでしょうか?
人が死んだあと土に還り、その養分をもとに草木が育ち、動物が捕食し…
お分かりですか?
命は繋がっていくのです。
全ての血と肉は混ざりあっているのです。

さらに、人間は、社会を形成する生き物です。
誰もが、社会の中でしか生きられません。
過去から、多くの人が現在の我々に未来を託しました。
我々は、それをさらに未来に託さなければなりません。

社会の中でしか生きられない私達が、先人から受け継いだこの社会を、同じく社会の中でしか生きられない未来の世代に託すのです。


社会を通し、遺伝子を通して願いを未来に託す。
それが人間という生き物なのです。
なればこそ、社会の一部であり、遺伝子の中継である私達の命は私達個人のものではなく、決して粗末にしてはならぬのです。

投稿日時 - 2017-10-12 23:09:57